私と選挙  NO2

●前回 書きましたが、時間がありませんでしたので、不十分でして、住民からの何人かが自分のことが無いと言う話がきましたのですこし書いてみます。
●まず、なぜ 社会党から 民主党に行ったのか、のことですが、 社会党入党したのが35歳でした。社会主義国家の建設を当時の党員はほとんど考えていましたが、私も社会主義国家をつくることが、国民の幸せ、人類の解放だと思い活動していたと思います。
●昭和50年に同僚の配慮で、当時の社会主義国家のソ連・東ドイツ・チェコスロバキア・ハンガリアと20日間招待を受け、勉強に行きました。(当時は外国へ行くのは珍しく、新湊市長・議長から選別をもらいました。今なら誰でもが行きますので、そんなことは無いでしょう。又富山にて仲間で盛大な壮行会までしてくださいました)。
●その時に幻滅を受けました。私が考えています、制度でなく、共産党員の官僚国家だと思い、我が日本は社会主義国家を目指すのでなく、自由主義国家の目指すべきと強く感じたものです。 これが私の大きな転機です。それから社会党でない政党を模索しましたが、なかなか出来ず、そのうち社会主義国家が次々と崩壊しました。、平成10年民主党をと、率先して結成に初めから参加して今日を迎えています  以来11年たちまして、やっと自民党に変わり政権をとれる民主党になりまして 感無量です。 これが民主党へいった大きな理由です。
●昭和50年は節目の年で、私の同僚が選挙に出まして、不祥事を起こしまして、私の事務所が家宅捜査受けまして伝票他書類が全部押収されました。弁護士は次はあなたが 逮捕されるので 5月の連休でしたが、自宅にいるよう、言われていました。
結果は私にはきませんで、無事にすべて物事が終りました。 人生とはそんなものです。何とかなるものですね。
●仕事の事を少し書きます。私は会社給料と議員報酬を49歳から頂いていましたので、想像してくださればわかりますが、多すぎます。 57歳から給料を年間250万円減額を会社に申し入れ3年間で750万円を返してきました、退職金も200万円返してきました。 これまた人生とはこんなものかと思います、欲をして1000万円返してこなければ、組織からこんなに思いありのある暖かい扱いは今日までしてくれる事は無かったと考えます。
損をして徳をとれ、と思います。  人生は自分のことのみ考えるのでなく、そこは情勢を把握していく事が大事ですね。
●まだまだ老いることなく、皆と楽しく送ります。人生に悔いなしです。
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by pcfukukazu | 2009-08-24 09:29


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